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東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所

リレーエッセーESSAY

本研究課題の研究員が、月に1回交替で執筆する「リレー・エッセー」のコーナーです。
(写真の著作権は撮影者にあります。無断・無許可でのご使用は固くお断りします。)

2014年3月
インド最大のテーマパークにおけるイスラーム・イメージの消費
小牧 幸代



 昨年4月、こんなニュース記事の見出しが、ふと目に留まった。

 <インドに「ボリウッド」テーマパーク開業>

 ロイター通信によれば、ムンバイ郊外のコーポーリーという町に「インド初の国際基準テーマパーク」である「アドラブズ・イマジカ」が2013418日にオープンした。ボリウッド映画やインド神話をテーマとしたアトラクションを楽しむことができるという。

 昨年9月、夏休みを利用して行ってみた。パーク内部は、ヨーロッパ、アジア、アメリカ、アフリカ、アラビア、インドという6つのエリアで構成されている。それぞれの特徴はヨーロッパがエンターテイメント・ショー、アジアは3D映画、アメリカは絶叫マシーン、アフリカはエスニックなオブジェと恐竜、アラビアは千夜一夜物語で、インドは文化・神話・映画スターである。このエリア区分と特徴との対応関係は、果たして平均的なインド人の世界観を反映しているのか…戸惑いつつもここで注目したいのは、アラビアとインドのエリアにおけるイスラームをイメージしたアトラクションである。いずれも4人掛けのコースターに乗って、薄暗い窟の中にゆっくりと吸い込まれていく。

 アラビア・エリアの「アリババと40人の盗賊」は、盗賊たるムスリムを標的にしたシューティング・ゲームである。標的には緑色のランプが点っており、ライフルの銃口を向け引き金を引くと赤いレーザー光線が出る。命中すると、手元のスコア表示がぐんぐん上昇する。標的の中には両手を上げている人や顔の真ん中に緑のランプが光っている人も…。乗り合わせた4人でスコアを競い合うが、優勝しても何かもらえるわけではない。純粋にシューティングを楽しむのである。

 インド・エリアの「サリームガルの呪い」は、歴史上の出来事を題材にしたホラーハウスである。サリームガルとは、ムガル朝第2代皇帝フマーユーン(在位:1530-391555-56)を倒してデリーにスール朝(1539-55)を築いたシェール・シャー(在位:1539-45)の息子のひとり、サリーム・シャーが1546年にデリーに建造した宮殿である。しかし、第6代皇帝アウラングゼーブ(在位:1658-1707)の時代に、それまでの融和的な宗教政策が一転してスンナ派の教義に基づく強硬なものとなり、他宗派・他宗教の信徒の抵抗にあうと、あろうことか牢獄に転用されることとなった。ホラーハウスでは拷問の道具や現場、折り重なる死体や骸骨など、残酷で陰惨な光景がリアルに表現されており、時折伸びる本物のお化けの手とともに、この世のものとは思えない恐怖を味わうことになる。

 アトラクションを体験した私は憂鬱になった。これを「イスラーム・フォビア」と呼ばずしてなんと呼ぼう。ところが3日後に再訪した際、私の考えは少し変わった。

 パークマネージャーにインタビューを申し込んだ…彼はムスリムだった。オフレコで雑談中、「嫌な気持ちにならないの?」と聞くと「あれはアリババとアウラングゼーブの話、ムスリムの話ではないよ。別に悪い気持ちにはならないさ。ただ、アリババのアトラクションでは豚が標的のひとつになっていたから、ムスリムは豚を側に置いたりはしないと上司に言ったんだ。それでオープン直前に、急遽、豚は山羊に変わった。理解のある上司さ、もちろんヒンドゥーだよ。サリームガルだって、お客さんは作り物だって知ってるから、怖がるどころか笑ってるよ。ここは夢を売るテーマパーク、宗教による差別はない。毎日、気持ちよく働いている。あちこちに礼拝場所もあるんだ。僕もそこで礼拝をするし、一目でムスリムと分かるお客さんなら、案内もしてるよ」

 シューティング・ゲームとホラーハウス、これらに宗教意識を重ね合わせるのは私の早合点か。テーマパークを企画する人、そこで働く人、それを楽しむ人…各人の意図や思いが必ずしも直球で伝わるとはかぎらないが…。それでもイスラーム・フォビアの判断はひとまず白紙に戻し、イスラーム・イメージの消費として解釈しておこう。



【写真1】 アラビア・エリアのアトラクション「アリババと40人の盗賊」館



【写真2】 インド・エリアのアトラクション「サリームガルの呪い」館



過去のエッセー

掲載年月 執筆者 タイトル リンク
 2014年3月 小牧 幸代 インド最大のテーマパークにおけるイスラーム・イメージの消費 こちら
2013年12月 上山 一 サウジアラビアのイスラーム銀行 こちら
2013年11月 大川 真由子 オマーンの最新ファッション事情 こちら
2013年10月
その2
赤堀 雅幸  ウズベキスタンのイスラーム観光 こちら
2013年10月 今堀 恵美 ハラール表示のない、ムスリム向けレストラン:ウズベキスタン こちら
2013年8月 福島 康博 シンガポールのハラール・レストラン事情 こちら


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