本文へスキップ

東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所

リレーエッセーESSAY

本研究課題の研究員が、月に1回交替で執筆する「リレー・エッセー」のコーナーです。
(写真の著作権は撮影者にあります。無断・無許可でのご使用は固くお断りします。)

2013年10月 その2
ウズベキスタンのイスラーム観光
赤堀 雅幸



 今日は、2013年9月11日。フェルガナのホテルでこのエッセイを書いている。


 もう15年ほど前から、スーフィズムと聖者崇敬を学際的に、また通地域的にみる共同研究を実施しているが、その一環として、複数の専門家が一緒に一つの国に出かけ、スーフィーの修道場や聖者廟を多数訪問する共同調査を行っている。この共同調査は、自分が専門とする地域で常識だと思っていた知見が次々とひっくり返されるのがとても有益で、今回は秀英の若手人類学者W氏にお願いして、ウズベキスタンの各地を訪ね歩くこととし、サマルカンド、ブハラを経て、フェルガナの地までやってきた。


 W氏のウズベク語、ロシア語の流暢なこともさりながら、アラビア語、トルコ語を操る日本人の集団の来訪は、興味深い出会いを各所でもたらしたが、「イスラームに基づく経済活動・行為」研究会のテーマとの関連からいえば、聖者廟などの歴史的建造物の修復のありようや観光資源としての活用が注目された。


 私自身は30年近く前の1984年、まだソ連の一部であったこの土地を訪れているが、そのときにくらべホテルや移動手段などの整備は言うまでもなく、歴史的建造物群の修復も格段に進んでいる。世界遺産としての指定を受けているサマルカンドやブハラでは、国民(および人類)共有の文化遺産として国家の手で修復が進められ、それは同時に、観光客を惹きつけ外貨収入を獲得する手段としても側面も持っている。建造物に現在の大統領の名前が麗々しく刻まれているのも、修復が政権の権威を高める方法としても活用される例として、何もウズベキスタンに限らず、よく目にすることではある。


 だが、そうした建造物の修復が、建造当時とはかなり異なる様式の装飾を施されるなどして、ひたすら壮麗で立派な外見を強調する傾向が、とりわけ国際観光地である2都市では目立つように思われた。多くが歴史的建造物というだけではなく、現用の宗教施設でもあり、現在のウズベキスタン国民がそれをよしとするのであれば、文句を付けられるような筋合いではないが、そこに匂う経済性や政治性の重視は、外から来た私たちにはかぎつけられても、気のいい笑顔の魅力的なこの地の人々の意識にはまだ上っていないのかもしれない。観光客や私たちのような部外者だけではなく、幼子を連れて聖者廟に参詣に来たウズベク人の親子連れなどからも、等しく入場料を徴収するというのも、観光施設でもある以上切り分けがむずかしいという事情を汲んでなお、釈然としない気持ちにさせられた(そもそもイスラーム法上、信徒の入場にお金をとるのはどうかという問題もある)。


 他方、ロシア時代から信仰に篤く、ときとして宗教的社会的な運動が政治的暴動に結びつくこともあったフェルガナ渓谷は、スーフィズムや聖者崇敬の研究者にとってはきわめて魅力的な調査地ではあっても、観光地化はあまり進んでいない。どの聖者廟でも喜捨が求められることはあっても、入場料を求められることはなかった。古びるままの聖者廟などもある一方、大規模な修復と拡張が行われたモスクなどでは、大統領の名を刻んだ銘板はなく、地元の人々の信仰心に基づいた自発的な貢献が、管理人たちの口から語られ、観光客ではなく治安関係者の姿が視界の端々にちらつくのが、サマルカンドやブハラとは対照的であった。


 宗教観光は現代イスラームを理解する上で注目すべき題材である。巡礼は近代観光産業を生み出す母体となった旅の形の一つであり、今、それがかつての源に戻るかのごとく、信仰と娯楽を兼ねた形で展開されつつある。しかも、旅人たちの集う場所では、信仰実践、歴史学習、国威発揚、美術鑑賞などが同時に、あるいはいくつかだけを切り出した形でも機能する。経済活動が基本的に人のコミュニケーションの一形態であり、そこでやりとりされる価値と情報の多義性や流動性に注目してきた人類学の歴史に照らし合わせても、今回の調査では、イスラーム観光という主題の有効性を改めて確認できたように思う。


 明日訪れることになるこの国の政治中心タシュケントの聖者廟は、果たしてどんなありようを見せるのか、フェルガナ渓谷からタシュケントへと抜ける山峡の道の絶景と並んで楽しみでならない。



[写真1] ブハーリー廟で祈念する新婚夫婦(サマルカンド)



[写真2] 2003年に大規模な修復を施されたナクシュバンド廟(ブハラ)



[写真3] 同じく2003年に修復されたグジュドゥワーニー廟(ブハラ州グジュドゥワーン)



[写真4] ビビ・ウバイダ廟に置かれた石は腰痛に効くという(フェルガナ)



[写真5] 私たちと一緒に、モスクの名称の元となった聖者の話を管理人に聞く地元の人々(フェルガナ渓谷ナマンガン)




東京外国語大学
アジア・アフリカ言語文化研究所

〒163-8534
東京都府中市朝日町3-11-1

TEL 042-330-5600 (代表)

inserted by FC2 system