本文へスキップ

東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所

リレーエッセーESSAY

本研究課題の研究員が、月に1回交替で執筆する「リレー・エッセー」のコーナーです。
(写真の著作権は撮影者にあります。無断・無許可でのご使用は固くお断りします。)

2013年10月
ハラール表示のない、ムスリム向けレストラン:ウズベキスタン
今堀 恵美



 中央アジアのウズベキスタンは人口のおよそ8割をムスリムが占めるイスラーム国家である。だが1991年まで無神論を是とするソビエト社会主義共和国連邦(以下ソ連)の一部だったため、ムスリムと自認していてもイスラームの規範を重視しない人も多い。街中では、ウズベク人ムスリムが経営するレストランでもソ連時代に愛飲されたウォッカやビールなどのアルコール類が提供され、ロシア人に混ざってムスリムとおぼしき人たちもグラスをかたむける。


 2010年、ウズベキスタンの首都タシュケントでハラール製品の調査をしていた筆者は、ウズベク人の友人に「ウズベク人が経営するハラール・レストランはないの?」と尋ねた。「あるよ」と連れて行かれたのが民営会社『技術工業(Texno-Sanoat)』の経営するレストランだった。


 レストランには「ハラール」表示は一切なかったが、敬虔なムスリムを中心に口コミで人気が出て、調査当時で系列店は3店舗あった。メニューには定番のウズベク料理であるオシュ(人参と肉のピラフ)やラグマン(肉うどん 写真1)、シャシュリク(串刺し肉 写真2)だけではなく、ビーフステーキやビーフストロガノフといった欧風料理も並ぶ。従業員によれば、このレストランで使用される肉には豚が使われていないのは言うに及ばず、羊肉や牛肉もムスリムの処理した肉のみが使用される。そのため、全従業員がウズベク人であるという。確かに他のレストランでよく見かけるロシア人のウェイトレスの姿はなく、かわりに敬虔なムスリムが身につける丸帽子を被ったウェイターが立ち働いていた。



[写真1] ラグマン(肉うどん)



[写真2] シャシュリク(串刺し肉)


 次に行ったのがレストラン『カモロン(Kamolon)』(写真3)。ここもレストラン内にハラール表示はなかった。ただレストラン横に「肉加工品」販売コーナーが併設されており、その看板には羊と牛の写真が掲示されていた(写真4)。ウズベキスタンでは豚肉入りの肉加工品が多いため、ハラールと表示せずともこの写真で、ムスリムには豚肉の混ざっていない肉加工品を購入できる場所だと分かるという。むろんレストランで提供される料理にも豚肉は使用されておらず、アルコールの提供もない。昼時のレストラン内は大勢の客で賑わっており、ウズベク人に混ざって金髪のロシア系らしき人も店内で食事を楽しんでいた(写真5)。



[写真3] レストラン『カモロン(Kamolon)』



[ 写真4] カロモンの加工品販売コーナーの看板



[写真5] カロモンの店内


 以上の短い観察から理解できたのは、ウズベキスタンでハラール・レストランと紹介された店には「ハラール」表示がなかったことだ。東南アジアをはじめハラール産業の発展を目指す国では、厳しい規格をクリアしたハラール認証の有無で集客数に圧倒的な差がつく。だがウズベキスタンでは本稿を執筆している2013年9月時点でも、ハラール規格化を整備する方向には向かっていない。その意味で、上述のレストランは認証制度と直結した現代的なハラール・レストランとは言えないだろう。ただし、それはウズベク人ムスリムみながイスラーム規範を無視した外食産業で食事をしていることにはならない。規格や認証といったある種の専門性とは無縁でも、豚やアルコール類の提供がない場所でなら食事を楽しみたいムスリムもいる。イスラームと経済の関係を再考する際、一方の極にイスラームの規範を徹底的に追求した経済活動があり、他方にはイスラームの規範で禁止されている経済活動があるとするならば、おそらくそれら両極の中間にこそ、大多数のムスリムの経済活動が多彩に展開されているのではないだろうか。この中間的で、多彩なムスリムの経済活動を理解する枠組みも今後考察していく必要があろう。





東京外国語大学
アジア・アフリカ言語文化研究所

〒163-8534
東京都府中市朝日町3-11-1

TEL 042-330-5600 (代表)

inserted by FC2 system